ニコンの顕微鏡写真賞。インクが紙に着く前の風景

写真とメディア
写真; 顕微鏡写真; Nikon Small World; プリント; 撮影技法
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プリントされた写真を見るとき、紙にインクが着く直前のことまでは考えない。画面にあった像が、紙にも現れた。その連続の中で、液体が空中を飛ぶ時間は見えなくなる。

Nikon Small World 2026の優勝作は、その短い間を写真にした。ドイツ・ケルンを拠点とするOle Bielfeldt(オーレ・ビールフェルト)が、自作装置と顕微鏡の対物レンズで撮った、インクジェットプリンター内部の液滴だ。ニコンの結果発表は2026年10月21日、CNN.co.jpの紹介は10月23日だった。12

ここで気になるのは、肉眼では見えないものを拡大したことだけではない。撮れるようにするため、被写体であるプリンターの動かし方まで変えている。写真の工夫が、カメラの外側にある。

以下は公開資料と作品情報にもとづく考察で、装置の実機確認や撮影の再現はしていない。カメラの機種や、通常のプリンターの性能を評価する記事でもない。

プリンターのヘッドと白い紙の間を落ちるインク滴。紙の上には黒い点が列を作っている
Ole Bielfeldt《Microscopic view of an inkjet printer depositing ink onto paper》。Nikon Small World 2026写真部門1位。© Ole Bielfeldt。出典:Nikon Small World公式作品ページ。技法表記はSlow-Motion、Image Stacking、対物レンズ20倍。

シャッターを速くする前に、何を止めるか

ニコンの制作説明によると、最初の問題は二つあった。印字ヘッドが動くため小さな範囲をピント内に保ちにくく、インク滴もカメラのシャッターで止めるには速すぎた。1

ビールフェルトは、ヘッドを固定して紙をその下で動かすように改造した。暗い部屋でフラッシュを使い、短い発光で液滴を止めたという。1

この二つは別の操作だ。ヘッドを止めることで、見たい場所を同じ位置に置く。光を短くすることで、そこを通る液滴の移動を写し止める。位置と時間を、一つのカメラ設定だけで解決しようとしていない。

「もっと速いカメラが必要だ」と考えると、解決策は買い替えに向かう。どこが動いて困るのか、どの時間だけ光があればよいのかと分けて考えると、装置の側で変えられる条件が見えてくる。機材が不要という話ではなく、先に問題を小さくしているのだと思う。

これは、普通に動くプリンターをそのまま覗いた像ではない

改造した装置で撮ったことは、この写真を読むうえで外せない。

印字の過程を観察している点と、その過程を撮影のために組み替えている点は、両立している。完成画像だけを見て、家庭のプリンターの内部でこの構図がそのまま現れると思うと、制作の大事な部分を取り逃す。

Science Newsの本人取材には、改造装置や印字した紙の写真も載っている。紙には「macro」という語を繰り返し出力したという。液滴だけで完結せず、何が紙に残ったかまで追える。3

ここから分かるのは、撮影には被写体を選ぶ以外の準備があるということだ。光を置く、背景を整理する、動かす場所を変える。見るための条件を作ること自体が、この写真の制作になっている。

ただし、この装置が元の印字動作をどこまで保つか、一般的なプリンターをどこまで代表するかは別の検証になる。一枚の受賞写真から、機械全体の精度を判定することはできない。

紙の写真には、着地する前がある

インクジェット出力でふだん見るのは、着地した後の像だ。細部がつぶれていないか。影に段差が出ないか。色が画面とどう違うか。完成した面を見ている。

液滴の写真は、その面の直前に視線を置く。上にヘッドがあり、下に紙があり、その間を滴が渡る。画像を運ぶ仕事が、急に距離を持って見える。

ここで「デジタルにも物質がある」と大きく言うだけでは、少し惜しい。具体的なのは、像が紙に変わるときに、小さな液体の移動を通ることだ。ファイルの内容と、出力された面が、同じものとして自動的につながっているわけではない。

この写真を見てから自分のプリントを見るなら、まず紙に近づいてみたい。インクの点や紙の表面が、どの距離から一つの像になるか。これは受賞作の再現ではなく、出力を完成画像だけで見ないための、別の観察になる。機械を分解しなくても、見始める場所は変えられる。

「加工していないから本物」では足りない

公式の作品情報には、技法としてSlow-MotionとImage Stacking、対物レンズの倍率として20倍が記載されている。20倍は写真を画面で表示したときの最終倍率ではない。4

Image Stackingは、複数の画像を重ね合わせる処理を指す。ただし、この作品で何枚をどの順序で合わせたか、各部分がどの時点の記録かまでは、技法欄だけでは分からない。動く液滴と合成の関係を、自分で補って説明しないほうがよい。

ニコンの発表では、本人は実在する被写体を撮ることを重視し、生成AIで画像を作ることとは距離を置く。同時に、フォーカススタッキングや画像編集を使う制作姿勢も紹介されている。そこから、この受賞作に施した処理をすべて特定することはできない。1

動画部門のAI失格を扱った既稿では、禁止規則と処理の説明、元データの確認を分けて考えた。今回も、写真部門の受賞を「無加工の勝利」へ言い換える理由はない。

どこまでが光で記録され、どのように最終画像へ組まれたか。その説明が増えれば、見られるものも増える。処理があると分かることは、驚きがなくなることとは違う。

道具の内側を見るために、道具を組み替える

顕微鏡写真と美術館についての既稿は、科学的な像が鑑賞される場所へ移ることを考えた。今回の写真では、その前にある、像を作れる状態へ持っていく仕事が見える。

写るものが決まっていて、カメラを選ぶ。そういう順序だけではない。撮りたいものがうまく写らないとき、被写体の動かし方と光の時間を調べ直す。その結果、ふだん使う道具が、見慣れない風景になる。

この工夫を学ぶために、同じ倍率のレンズを買う必要はない。いま撮れない理由が、ピントなのか、動きなのか、光なのかを一つずつ分けることなら、別の撮影にも持ち帰れる。ただし、受賞作の精密な再現を目指すなら、まだ公開されていない条件を確かめる必要がある。

紙の上で像が整う前に、空中にある滴。その時間を見せるために、まずプリンターを違う動かし方にした。完成した写真だけでなく、その手順に長く目が止まる。

出典と未確認事項

2026年10月24日確認。作品は下記の公式ギャラリーで見られる。全撮影条件、合成手順、個別の修整、撮影機種は未確認。

  1. Nikon Small World、52nd Annual Nikon Small World Competition Winner、2026年10月21日。結果・制作工程・本人発言。主催者発表であり、独立した技術検証ではない。 ↩ ↩2 ↩3 ↩4

  2. CNN.co.jp、ニコン顕微鏡写真コンテスト、受賞作は「インクジェットプリンター内部の液滴」、2026年10月23日。受賞と発表日の日本語報道。 ↩

  3. Allie Skalnik、Peek into hidden worlds revealed by the 2026 Nikon Small World contest、Science News。2026年10月24日確認。本人への取材、装置と印字紙の写真を参照。 ↩