一台の前に、工場を作る——スズキハンドメイドカメラファクトリー

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フィルムカメラ; 機械式カメラ; ものづくり; 国産カメラ; 手仕事
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鉄塊から削ったボディ。丸棒から作ったL39マウントと巻き上げスプール。線材から作ったシャッタースプリング。ガラス塊から削ったレンズとプリズム。

スズキハンドメイドカメラファクトリーの製作記録には、試作1号機を構成する部品と加工動画が並んでいる。ボディに加えて、内部の機械部品や光学部品も製作の対象だ。鈴木晴人氏は、手動の汎用工作機械を使い、設計から加工まで一人で進めている。

公式サイトは、機械式35mmフィルムカメラの最上級を目指すと宣言している。ただし、これは完成品への評価ではなく、作り手が置いた目標である。2026年6月23日更新の製作記録でも、試作1号機はまだ製作中と記されている。

今、確かめられるのは写りではない。一台のカメラを作る前に、どんな順序で技術と場所を用意したかだ。

カメラより先に、作る環境がある

公式プロフィールには、2007年に最初のカメラを買い、翌年から自作工具で修理を始めたとある。2010年、小学校の作文に書いた夢は「カメラを作る人になりたい」。2016年までに50台以上を修理し、関心が修理から製作へ移った。

就職した2018年には、最初のボーナスで小型旋盤を購入した。2019年にはフライス盤を加え、実家のガレージで部品を作った。騒音のためそこでの加工が難しくなると、2020年に宮城県内の山間部で、135平方メートルの廃倉庫と土地を入手する。翌年、建物を直し、給水と電気を整え、居住空間を作った。

ここには分かりやすい順序がある。欲しいカメラを先に買うのでも、設計図だけを先に完成させるのでもない。部品を作れる機械を集め、その機械を置ける建物を整え、そこで作業を続けられる生活を組む。カメラ本体の設計は、その後の2023年に始まった。

「人生を捧げた」という言葉にすると、少し話が大きくなりすぎる。公開記録から見えるのは、もっと実務的な姿だ。必要な工程を分け、先に不足している環境を作る。その積み重ねの結果として、工場と住居が同じ建物に入っている。

直した機械で部品を作る

設備一覧には、旋盤3台、フライス盤3台、平面研削盤、彫刻機、工具研削盤、測定顕微鏡などが載っている。中古機械店やオークションで集めた半世紀以上前の機械を、鈴木氏は1年かけて自分でオーバーホールしたという。

汎用旋盤やフライス盤の値段は、メーカー、能力、年式、付属品、運搬費、整備状態で大きく変わる。条件を揃えた資料を確認できなかったため、この記事では標準価格を置かない。ここで確かめられるのは、使えない状態の機械を直すこと自体が製作工程に含まれている点だ。

鈴木氏は数値制御旋盤作業、汎用フライス盤作業、汎用旋盤作業の技能検定1級も取得している。資格は本人の来歴を確認する材料にはなる。ただし、それだけで試作機の精度を証明するものではない。工作機械の整備精度も、完成した部品の測定結果も、公開資料から第三者が再現できる形では示されていない。

だから、ここで「量産品を超える」とはまだ言えない。一方で、部品の素材と加工過程を動画で追えることは確かだ。完成品の宣伝より先に製作途中を公開する。その順序には、手仕事を評価するときの足場がある。

バルナックの寸法を制約にする

2025年10月に公開された試作1号機の設計資料では、前期型と後期型が分けられている。前期型はL39ライカマウント、金属幕横走りフォーカルプレーンシャッター、28mm用0.5倍実像ファインダーを備え、連動距離計はない。後期型では、倍率1.0倍、基線長120mmの連動距離計を計画している。

ボディは140×72.5×32mm。バルナック型ライカと同寸法に収めることを、設計上の制約にした。上部の空間をファインダーへ多く割くため、フィルム巻き上げ機構は底部へ移し、トリガー式にしている。小ささを結果として語るのではなく、先に外形を固定し、内部の配置を考える。ここにも逆算がある。

オスカー・バルナックは1911年にライツ社へ入り、1913年から1914年にかけて35mm映画用フィルムを横に使う小型のUr-Leicaを開発した。1925年、Ernst Leitz IIの量産決定を経たLeica Iがライプツィヒ春季見本市で発表される。試作1号機が借りているのは、完成したライカの外観だけではない。小さな外形の中へ機構を収めるという、設計上の問いでもある。

目標と、確認できた性能を分ける

鈴木氏は、塗装後のフィルムレールを再切削しない構造を目指している。一般的な製法では、組み立てや加工誤差の累積を補正するため、完成後にフィルムレールを再加工する場合がある。その方法では黒色処理した面に金属面が現れるため、部品単体の精度を上げて再加工を省く、というのが本人の説明だ。

これを「公差ゼロ」と言い換えるのは正確ではない。公式資料にあるのは、再切削を省ける精度を目指すという設計目標であり、測定結果ではない。鉄製ボディ、低摩擦を狙ったシャッター、長い基線長を持つ距離計も同じで、現段階では計画または製作途中の機構として読む必要がある。

公式資料には、前期型を2025年中に完成し、2026年から後期型を作る予定とも書かれている。ところが2026年6月23日更新の製作記録では、試作1号機はなお製作中とされる。計画は変わりうる。2027年の販売という取材時点の目標も、確定した発売予定として扱わないほうがよい。

完成後には、フィルム面の平面性、各シャッター速度の精度、画面内の露光むら、ファインダーの見え、巻き上げの負荷、耐久性を実写と測定で確かめたい。それまでは、設計の野心とカメラの性能を一つにしない。未完成であることは弱点ではなく、評価の時期を間違えないための境界だ。

「何で撮るか」は、証拠とは違う

基本方針で、鈴木氏は「何で撮ったか?」という問いに価値が宿る時代が来ると書いている。カメラを、自分の美意識や時間の使い方を込める道具として考えている。

この考えには頷ける部分がある。ただし、手作りのフィルムカメラで撮ったこと自体が、画像の来歴を証明するわけではない。撮影後に複製や加工はできるし、カメラだけでは撮影日時や現像工程も保証できない。「何で撮るか」の価値は、真偽判定より、撮る人がどんな制約と手順を選んだかにある。

量産には、部品を共通化し、個体間のばらつきを管理する考え方がある。手作りの一台には、素材から部品になるまでを追える近さがある。どちらかが写真に対して誠実なのではない。道具との関係が違う。

スズキハンドメイドカメラファクトリーを今評価するなら、目標の大きさより、そこへ至る工程がどこまで見えるかを見たい。工場を整え、古い機械を直し、鉄とガラスから部品を作る。その過程は公開された。カメラとしての評価は、完成した一台と、そこから通したフィルムを待つ。

今は、完成した一台のシャッター音を想像で書き足さないほうがいい。

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