増やしながら、値上げしている——instaxのフィルムを押し上げているのは、フィルムカメラではない
増産の実体は、神奈川県南足柄市にある。
2025年12月18日、富士フイルムは約50億円を投じてこのサイトのinstaxフィルム生産設備を増強すると発表した。2026年春から順次稼働し、2026年秋以降にフル稼働する予定で、フル稼働後の生産能力は2025年度比で約1割向上するとしている1。
先に書いておく。筆者はinstaxのカメラもプリンターもフィルムも使っていない。店頭価格も実地で確認していない。以下は公開資料の整理である。
3度で、約115億円
この投資は単発ではない。
富士フイルムは2022年に約20億円、2023年に約45億円、そして2025年に約50億円を、instaxフィルムの生産設備に投じている。累計で約115億円、2022年度比で生産能力は約5割増になる計算だ1。
理由として挙げられているのは「世界的な需要拡大」で、2024年度末にはinstaxの累計販売台数が1億台を超えたとしている2。
3年半で3度。増設のたびに能力が上がり、また増設している。
同じ年に、値上げしている
その一方で、2026年3月31日、富士フイルムイメージングシステムズが国内の価格改定を告知した。実施は2026年4月1日。出荷価格に対する改定率はこうなっている3。
| 対象 | 改定率 |
|---|---|
| インスタントフィルム mini | 約22〜27% |
| インスタントフィルム SQUARE | 約8〜22% |
| インスタントフィルム WIDE | 約3〜13% |
| レンズ付フィルム「写ルンです」135 | 約5% |
理由は「部材・原材料価格、輸送コストの高騰が進む中、生産効率の向上や経費節減などを行い、コスト吸収に努めてまいりましたが、企業努力のみで吸収することが困難であるため」3。
生産能力を2022年度比で約5割増やしながら、いちばん出ているminiを2割以上値上げしている。増産すれば単位あたりのコストは下がりそうなものだが、そうはなっていない。増産の理由と値上げの理由が、別々の層にある。
会社が過去に挙げた、品薄の原因
この構造を読むのに使える資料が一つある。ただし、2026年のものではなく2022年のものだ。
2022年秋、instaxのフィルムが品薄になった。女性自身が2022年11月15日に報じた記事によれば、小売で1人3箱といった購入制限がかかり、30本入りケースが春の約36,000円から11月には転売で80,000円を超え、通常1箱1,200円のものが1,500円超になっていた4。
そのとき富士フイルムは「生産ラインを増設し今月より順次稼働」「生産能力は最大2割向上」とコメントしている。そして品薄の原因として挙げたのが、次の2機種だった4。
- instax mini Evo(2021年12月発売)
- instax mini Link 2(2022年7月発売)
前者はデジタルで撮ってから選んでプリントするハイブリッド機、後者はスマートフォンの画像をプリントする機械である。
つまり会社自身の説明では、フィルムの消費を押し上げたのはフィルムカメラの流行ではなかった。撮るための機械ではなく、すでにある画像を紙に出すための機械だった。
撮る機械から、出す機械へ
その線は、いまも続いている。
2026年9月15日、富士フイルムはinstax Pal 2とinstax Link WIDE 2を同日に発表した。どちらも発売は2026年10月9日5。
仕様を並べても仕方がないので、設計の差だけ書く。instax Pal 2は撮影に特化していて、本体ではプリントしない。撮った画像はUSBまたはBluetoothでアプリへ送り、instax Linkシリーズのプリンターか、Evo系のハイブリッド機で紙にする。撮影時にmini / square / wide / framelessの4つから選び、プリントの段階で改めてフォーマットを指定できる5。
撮影とプリントが、工程として分かれている。
instax Link WIDE 2のほうは、2021年10月に出たinstax Link WIDEの後継にあたるスマートフォン用プリンターだ5。
2021年のmini Evo、2022年のmini Link 2、2026年のPal 2とLink WIDE 2。instaxという名前の下で伸びている製品群は、カメラというより出力装置の系列になっている。足柄で増やしているフィルムは、その出力のためのフィルムでもある。
「フィルムが復活した」という言い方で説明しようとすると、ここが見えなくなる。少なくとも会社の説明を読むかぎり、このフィルムを消費しているのはフィルムで撮る人だけではない。
決算からは、切り出せない
では数字はどうか。
富士フイルムホールディングスの2026年3月期において、イメージング部門の連結売上高は4,857億円で前年同期比13.8%増。2027年3月期第1四半期(2026年8月6日開示)は1,688億円で16.2%増、営業利益は434億円で3.9%増だった6。
増収率が16.2%なのに対し、営業増益率は3.9%にとどまる。この差に原材料費や輸送費の上昇、あるいは4月の値上げの効果が現れていると読みたくなる。
だがそれはできない。決算資料にinstax単独の販売数量も利益率も開示されていないからだ6。イメージング部門にはinstax以外も含まれる。部門の数字からinstaxを切り出して因果を書くのは、根拠を超える。
書けるのは、部門全体で増収率と営業増益率に開きがある、というところまでである。
確かめられていないこと
2025年12月に予告された「2026年秋以降フル稼働」が実現したかどうかは、確認できていない。続報のリリースは見あたらない。まさにいまがその時期にあたるので、ここは広報に問い合わせれば埋まる。
2026年時点の品薄については、独立した報道を見つけられなかった。本稿で品薄に触れた箇所はすべて2022年の記事に基づくもので、現在の店頭在庫や実売価格を示す資料ではない。日本語で「instax 品薄」を扱うページは個人のブログや販売店系のまとめが中心で、出典としては使えなかった。
「プリントを手渡す」という使われ方についても、資料は富士フイルム自身の告知しかない。法人向けのinstax Bizアプリ、イベント会場の体験ブースといった事例は同社が紹介しているもので、独立した取材ではない。実際に導入している式場や店舗に当たらないかぎり、この層は支持できない。
そして筆者はこのフィルムを一度も使っていない。紙の質感も、現像が立ち上がる速さも、値上げ後に1枚を切る感覚も、自分の手では確かめていない。
既出との関係
この媒体でinstaxが正面から扱われたことは、これまでなかった。既出記事のうちinstaxの名が出るのはピールアパートフィルムを扱った記事だけで、そこでも「Type 100用のホルダーには入らない」「確実に撮り続けたいなら現行のinstaxかPolaroidのほうが直接的だ」という互換性の注意と代替案としてしか登場しない。
「復活」の語りへの懐疑を扱った記事とは、前提を共有している。本稿の材料も、フィルム写真そのものの人気が戻ったことを示すものではない。
モノクロ現像の受け皿が減っていく話とは、方向が逆になる。あちらは材料インフラが縮む側、こちらは3度の投資で広がる側だ。ただし広がっている先は暗室ではなく、スマートフォンから紙への経路である。同じ「写真の材料」を扱いながら、行き先が違う。
どちらが写真として正しいという話ではない。ただ、instaxの箱が値上がりしたときに何が起きているのかを知りたいなら、カメラの新製品ではなく、足柄の生産ラインと4月の改定率のほうを見たほうが早い。
出典
- instax™/“チェキ”のフィルム生産設備を増強 — 富士フイルム(2025年12月18日)
- 価格改定のお知らせ — 富士フイルムイメージングシステムズ(2026年3月31日)
- instax Pal 2 新発売 — 富士フイルム(2026年9月15日)
- instax mini 13 新発売 — 富士フイルム(2026年4月16日)
- instax 累計販売台数1億台突破 — 富士フイルム
- 2027年3月期 第1四半期 決算説明会資料 — 富士フイルムホールディングス
- 「チェキ」フィルム品薄で2倍の価格で転売も — 女性自身(2022年11月15日)
- ピールアパートフィルムはいま何ができるのか
- コンパクトカメラ「復活」をどこまで信じるか
Footnotes
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富士フイルム「instax™/“チェキ”のフィルム生産設備を増強」(2025年12月18日)。約50億円の投資、神奈川事業場足柄サイト(神奈川県南足柄市中沼210)、2026年春より順次稼働・2026年秋以降フル稼働、フル稼働後の生産能力が2025年度比で約1割向上すること、2022年に約20億円・2023年に約45億円を投じ累計約115億円となること、2022年度比で生産能力が約5割増となることは同リリースによる。2026年9月18日時点で、フル稼働の実現を報じる続報のリリースは確認できていない。 ↩ ↩2
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富士フイルムのニュースリリース。instaxの累計販売台数が2024年度末に1億台を突破したことは同リリースによる。 ↩
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富士フイルムイメージングシステムズ「価格改定のお知らせ」(2026年3月31日告知、2026年4月1日実施)。出荷価格に対する改定率はインスタントフィルムminiが約22〜27%、SQUAREが約8〜22%、WIDEが約3〜13%、レンズ付フィルム「写ルンです」135が約5%。引用した理由も同告知による。本稿で扱うのは出荷価格の改定率であり、店頭の実売価格ではない。実売価格は時期・地域・販売店によって変わる。 ↩ ↩2
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女性自身「『チェキ』フィルム品薄で2倍の価格で転売も…FUJIFILM『増設し11月より順次稼働』」(2022年11月15日公開、11月16日更新)。購入制限、30本入りケースの価格推移、1箱あたりの価格、富士フイルムのコメント(「生産ラインを増設し今月より順次稼働」「生産能力は最大2割向上」)、および品薄の原因としてinstax mini Evo(2021年12月発売)とinstax mini Link 2(2022年7月発売)のヒットを挙げた説明は同記事による。これは2022年の記事であり、2026年の需給を示すものではない。2026年時点の品薄については独立した報道を確認できていない。 ↩ ↩2
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富士フイルム「instax Pal 2 新発売」(2026年9月15日)および同日発表のinstax Link WIDE 2。両機とも発売は2026年10月9日。Pal 2が撮影に特化し本体でプリントしないこと、USBまたはBluetoothでアプリへ転送してLinkプリンターやEvo系ハイブリッド機で出力すること、撮影時にmini / square / wide / framelessから選べること、Link WIDE 2が2021年10月発売のinstax Link WIDEの後継であることは同リリースによる。本稿は仕様の一覧や購入の推奨を目的としていないため、価格や同梱物には触れていない。筆者は両機に触れていない。 ↩ ↩2 ↩3
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富士フイルムホールディングス 2027年3月期第1四半期決算短信および決算説明会資料(2026年8月6日開示)、ならびに2026年3月期の実績。イメージング部門の連結売上高は2026年3月期が4,857億円(前年同期比13.8%増)、2027年3月期第1四半期が1,688億円(同16.2%増)、営業利益434億円(同3.9%増)。同資料はinstax単独の販売数量および利益率を開示していないため、部門の増収率と営業増益率の差をinstaxに帰属させることはできない。 ↩ ↩2